| ヒーロー志願 葵 匠 「あなた、まーたそんな物買ってきて! うちは狭いんだから、そういうゴミみたいなおもちゃ集めるのやめてよ」 妻の亜矢子がうるさく言う。でも、いちいちそんなことを気にするわけにはいかない。 俺はちゃんと働いて給料を家に入れてるし、酒も煙草も女遊びもしない。子供の面倒だって見てるし、立派な夫だと自負している。だから俺の趣味のことまで亜矢子にとやかく言われる筋合いはないのだ。 「どうせ趣味を持つなら、もっとまともな物にすればいいのに」 いや、十分まともな趣味だと思うが。 息子の大輝は俺の趣味に大賛成だ。コレクションを見る度に、すごいすごい! と言って目を輝かせる。男同士、気持ちは通じ合えているなと俺は嬉しく思った。 今日は日曜日。大輝と一緒に特撮ヒーロー番組“宇宙特捜部 ボスレンジャー”を観る。 五人の戦士が悪者から地球を救うという設定は俺がガキの頃から変わっていないが、映像は格段に進歩し、まるで本当にボスレンジャーと一緒に戦っているような気分を味わえた。 笑われるかもしれないが、俺はマジで本物のヒーローになりたいと思っている。 悪を倒す為に戦い、変身し、アクションもバッチリ決める。きっと気分がいいだろうなぁ。そんなことが出来る道具でもあれば、自分のコレクションをすべて売ってでも手に入れるのだが。 まぁ、所詮はかなわぬ夢である。いい歳してコスプレをするわけにもいかないし。 その日の夜、夢に神様と名乗る男が現れた。白髪に長い髭、白い着物を身に纏(まと)い、右手には杖を持っている。典型的な仙人スタイルだ。 しわがれた声で彼は言う。 「お前はヒーローになりたいそうじゃの。ならばその夢、かなえて使わそう」 自称神様は俺の目の前でクルクルと杖を回すと、ええいっ! と気合の入った声を上げた。 狸が化けるが如く変身するのかと思いきや、俺の身体には何の変化も起こらない。 「さぁ、これでお前は念願のヒーローになれた。明日から世の悪人を倒す為に戦え」 そう告げると、自称神様は音もなく姿を消した。 「おいおい、どこがヒーローなんだよ。何の変化もないじゃないか」 俺の叫び声が暗闇に空しく響いた。 翌朝、俺は会社へ出勤した。 駅の改札を通り抜けてホームへの階段を下りている時、突然女性の叫び声が聞こえた。 「バックをひったくられたわ! 誰かその男を捕まえて」 ふと見ると、サングラスをかけた男が猛スピードで階段を駆け上がってくる。 周りにいた人達が男を捕まえようとするが、まるでラグビー選手がタックルを交わすように男は軽快な動きでよけた。人混みに紛れ込まれたらアウトだ。 「待て!」 俺は男を捕まえようと全力で後を追った。学生時代は陸上部の大会で優勝したこともあり、足にはちょっとばかり自信がある。 だが、男の逃げ足も速かった。なかなか追いつくことが出来ない。 「ちきしょう、もうダメか」 その時、信じられないことが起きた。スクーターにでも乗り込んだかのような速度で、俺は走り出したのだ。 あっという間に男に追いつき、格闘戦になった。奴は服のポケットから小型のナイフを取り出し、俺を威嚇してくる。ところが、ここでまたもや不思議なことが起きた。 男の動きがスローモーションのように遅く見えるのだ。 「しめた!」 俺は男がナイフを持つ手首に蹴りを入れ、隙が出来たところで顔面に右ストレートを浴びせた。 男の口から噴水のように血が噴出し、小柄な身体が冷たいコンクリートの上に倒れた。 女性と二人の警官が駆け寄り、バックは女性の元へ、男は警官に逮捕された。 「私のバックを取り返していただいて、本当にありがとうございました。すごいですね! あの素早いひったくりを捕まえるなんて」 興奮した口調で女性が言う。自分でも信じられなかった。急に足が速くなったり、相手の動きが遅く見えたり、まるでいつもテレビで観ている“宇宙特捜部 ボスレンジャー”みたいだ。 「なんて勇気のある人だ」 周りにいた人達が俺を尊敬の眼差しで見つめ、拍手喝采の嵐が起きる。 「そんなことないですよ。では失礼」 皆があまりにも俺を褒めるので、なんだか恥ずかしくなってすぐにその場を立ち去った。 自分の身にいったい何が起きたのだろうと考えながら歩いていると、どこからともなく助けを呼ぶ声が聞こえた。不思議なことに、その声は俺にしか聞こえていないみたいで、周りにいる人達は何の反応も示さない。 「今度は何事だ?」 そう思った瞬間、俺は確か駅の構内にいたはずなのに、いつの間にか踏み切りの前に立っていた。 何が起きたのか考えるより早く、俺は目の前の光景を見て絶句した。 踏切内の線路に子供が足を挟まれ、身動きが取れない状態になっている。数十メートル先からは列車が迫って来ており、警笛の音が辺りに鳴り響いた。 列車のブレーキは間に合いそうにない。このままでは子供が轢(ひ)かれて死んでしまう。俺は無我夢中で遮断機を乗り越え、子供を助けに走った。 「あぶない!」 列車の凄まじいブレーキ音が聞こえたと同時に、皆一斉に自分の目を覆い、悲鳴を上げた。 誰もが最悪の事態を想像した――が 子供が轢(ひ)かれそうになるギリギリの所で、俺はなんと両手で列車を押し止めていた。 「信じられん……」 俺だけではなく、周りにいた人達もそう思ったに違いない。皆、唖然とした表情をしている。夢かと思って自分の頬を二回叩いてみたが、間違いなく現実だった。 (世の悪人を倒す為に戦え) 自称神様の言った言葉が、ふと頭の中を過ぎる。 「そうか、本当にヒーローになったんだ。変身は出来ないけど、特殊な能力(ちから)が身についたんだ」 俺は決意した。この能力(ちから)を使って、日本の平和を守るのだと―― ヒーローに目覚めた俺は、あらゆる悪に立ち向かった。 殺人、窃盗、麻薬密輸、汚職――警察と協力して、日々起こる難事件を次々と解決した。 新聞の一面には常に俺の活躍が報道され、テレビドラマ、CM、商品化等、様々な依頼が殺到した。 そんなある日、俺は亜矢子に呼び出された。この忙しい時に何事かと思ったが、どうしても大事な話があるので聞いてほしいとせがまれた。 「あなた、たまには私や大輝と一緒にいる時間を作ってよ」 亜矢子の言葉に疑問を感じ、俺は言い返した。 「何言ってるんだ。俺は日本の平和を守るために忙しく働いてるんだぞ。お前達にはなんの不自由もない生活をさせてやってるだろ?」 「そういう問題じゃないでしょ。大輝はあなたと遊びたがっているのよ。だからたまには休んで、家族と過ごす時間を大切にしてほしいの」 「だめだ。家族も大事だが、日本の平和はもっと大事だ。わかってくれよ」 少々強気で言ったのが効いたのか、亜矢子は溜息をつくと黙って去っていった。俺はすまないと思いながら、亜矢子の後姿を見送った。 悪者と戦いながらも、俺の頭の中では常に家族のことが引っかかっていた。 ヒーローになってからは会社で働いていた時よりも忙しくなり、家族と過ごす時間は確かに少なくなっている。以前は休日になると大輝と公園で遊んだものだが、それも出来ずにいた。大輝はきっと淋しがっているだろう。 ヒーローである自分と父親である自分―― どちらを取るべきなのか、俺は悩んでいた。 久々に休暇を取ることが出来たので我が家へ帰ると、亜矢子と大輝の姿はなかった。居間のテーブルの上に一通の手紙が置かれており、それにはこう書かれていた。 “家族を大事にしない人とは、一緒に居られない” 短く綴れた文章を読んで、全身の力が一気に抜けた。 「どうして出て行ったんだ。何の話し合いもせずに」 「奥さんが望んでいるのは、ヒーローではなく普通のお父さんなんじゃよ」 どこからともなく自称神様の声が聞こえた。 「どこにいるんだ? 隠れていないで姿を見せろ」 俺が目をこらして辺りを見回すと、高らかな笑い声を上げながら自称神様が姿を現した。 「父親でありつつヒーローでいるのは難しいぞ」 自称神様の人を小ばかにした言い方に腹が立った。 「あんたの能力(ちから)なら両立させることくらい簡単だろう」 「そうはいかん。願いごとをかなえるのは一つだけ。それ以上かなえたらキリがないじゃろ」 確かにそのとおりだった。俺は考えた。 妻と子供を失い、一生孤独を感じながらヒーローであり続けるなんてゴメンだ。能力(ちから)を失ってもかまわない。俺は家族と一緒に居たい。 「元に戻してくれ」 俺は自称神様に頭を下げた。 「ふむ、わかった。ヒーローは別の人間を探すとしよう。後悔するんじゃないぞ」 またも高笑いをしながら、自称神様は暗闇へ消えた。 「パパ、お誕生日おめでとう!」 気がつくと、俺はいつの間にか食卓についていた。テーブルの上にはごちそうが並べられ、ケーキの上には火の灯ったロウソクが立てられていた。 亜矢子と大輝が微笑みながら俺を見ている。 「こりゃ、いったいどうしたんだ?」 俺がそう訊ねると、亜矢子は不思議そうな顔をして言った。 「何言ってるのよ。今日はあなたのお誕生日でしょ? みんなでお祝いしましょうって、前から約束してたじゃない」 「でも、さっき出ていって……」 そう呟きかけた時、俺はハッとした。 元に戻ったのである。ヒーローではなく、普通の父親に。良かった。ヒーローはやっぱりテレビで観ている方が面白い。実際になってみると、それはそれで大変だということが身にしみてよくわかった。 正義のヒーローも悪くはないが、俺は家族のヒーロー、父親でありたい。 「パパ〜、早くロウソクの火を消してよ。ケーキ食べたいよぅ」 大輝が俺を急かす。 「あ、ごめんな〜。それじゃ」 ロウソクの火を一気に吹き消すと、亜矢子と大輝がパチパチと拍手をしてくれた。 それにしても、俺がヒーローになれたのは自称神様が本当に願いをかなえてくれたからなのか、それとも単に俺を試そうとしただけなのか。 バースデーケーキを食べながら、俺はボンヤリとそんなことを考えていた。 了 |