カウンセリングのすすめ

第五回

今回は、ちょっと人の言葉尻をとらえたような話題ですが、「心の病い」という最近の言い方について、ちょっと意見を言わせてもらいます。反論だけで解決策が無いのですが、お許し下さい。

Wendy21 米島健二

心って何?
 心の病いとか、心病む人とかいう言われ方によっては、不完全な心を持つようでいやな気がする。中枢神経の情報処理システムのバランスを崩しただけで、どんな時も、僕の心は僕を見ていた。その心が健康でなかったなんて誰が決めたの? そう言いたくなる。
 心とゆうのが全て脳の活動にすぎないなら、感情や知性がすなわち心だと認めよう。でも感情や知性を動かす根源的な「命」という光が心を動かしているという風に考えると、病気と言っても、その心が活動する場にすぎない脳というネットワークが少々こじれていたにすぎない。「こころ」が悪かったわけではない。身体の病気だ。
 普段日常で用いる「心」という単語は、知性を示すより情緒に近く「中心」という言葉もあるように、感情や行動をつかさどる核心の部分という意味を持つ。知性とか感情は、「こころ」の周りを修飾する発現の場にすぎないと思う。
精神とは魂か?
 分裂病、躁鬱病、まとめて精神病とか精神障害などという言われ方は、まあ以前からそう言われているし、教科書や辞書にもそう載っているので、なるほどそう言うしかないかなと思う。
 心身症と精神病は少し違うだろうし、心療内科と精神科は交差する部分があっても等しくはないだろう。精神と心はどう違うのだろう。どちらも魂を指すのだろうか? なんだか哲学的な命題だ。
 しかし僕たちにとっての第一の問題は精神病という病気をどう正しく理解してもらうかという点であって、「精神病」という言葉を別の言い方「心の病い」に換えれば良くなるということでは無いだろう。いやむしろ、殊更わかりにくくしているような気がする。
 「精神病」っていうと「ああ、脳の病気ね」ぐらいの理解は得られる。だが「心の病い」とか聞くと、当事者の我々でさえ「え? 何、どこが悪いの?」って感じになってくる。万引きの常習者で道徳感が欠如した人みたいな印象を受ける。精神病の中にそういう部類の病気もあるだろうが、それで全てをくくられてはたまらない。まったく誰が言い出したのか。医療の場より福祉の場でよく耳にするが、案外 当事者が言い出した言葉かも知れない…。
 僕は精神とか心、ちょっと捉えどころの無い疾患者ではない。脳とか神経の身体障害者です。

※ 「脳を見ずに『こころ』だけを論じるならば、実体のない空虚なでっちあげに終わってしまう危険性がある。しかし脳をいかに研究しつくしても『こころ』を捉えきれるものではない。」 
(脳科学者:岩田誠の論文「脳と『こころ』はどう違う」より)

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